朝の情報番組の天気コーナーでお馴染みの天気予報士・天達武史さん。わかりやすい解説や印象の良さから、天気予報士の人気ランキング調査では、堂々のトップとなっています。今回は、その天達さんに宇宙と地球の天気の関係、「みちびき」をはじめとする衛星が天気予報に与えるインパクトなどを聞いてみました。
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―― 準天頂衛星初号機「みちびき」の名称にかけて、まず、天達さんが誰に、何にみちびかれて気象予報士になったのか、教えてください。
天達武史さん(以下、天達):気象予報士になる前は、ファミリーレストランで働いていて、食材の発注も担当していました。レストランは海の近くにあり、窓からの眺望の良さが売りで、晴れの日は混みました。逆に雨が降ると客足は途絶えます。だから、無駄のない食材発注のために天気予報をチェックするのが日課でした。でも、予報は外れることもあるじゃないですか。なぜ外れるのか。そんなことを考えているうちに、天気ってどうやって予報しているのかに、興味を持ち始めたんです。調べてみると、地球の大気の流れなど全体を見て予報すること、それを解明し、予報するのは非常に困難であることが分かりました。難しくミステリアスなものを、ぜひとも解明してみたい。その気持ちが原点ですね。
―― いわば、天気のミステリアスな部分にみちびかれて、気象予報士になったと。
天達:そうですね。あるいは、天にみちびかれたという部分も、あるかもしれません。あとは、人にもだいぶ助けられました。その一人は妻です。私は、4年越しで気象予報士の試験を受け続け、7回目でようやく受かったのですが、実は途中であきらめようと思ったこともありました。でも、妻が理系の大学出身で、まだ学生時代に勉強したことを覚えていてくれたので、物理などの必要な領域をマンツーマンで指導してくれた。おかげで理解が早まったし、最終的には国家試験に合格もできました。
―― なるほど、では奥様にみちびかれた、と言っても良いかもしれませんね(笑)。
天達:その後、気象予報士になり、情報番組のお天気コーナーに出演するようになってからは、番組司会者の小倉智昭さんのサポートが大きいですね。小倉さんは一見厳しそうな印象を受けるかもしれませんが、実は気づかいや配慮を人一倍される方です。僕がコメントにつまずいたり、話の筋道を誤っていると、フォローしてくれたり、話を上手く正しい道に戻してくれるので、いつも本当に助かっています。テレビで気象予報士の仕事ができているのも、日々の小倉さんのみちびきがあってからこそだと思います。
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―― 近年では、宇宙で起こる様々な現象が、地球の気象に影響を与えているという研究もあります。天達さんは、気象予報士として、宇宙に興味はありますか?
天達:それは非常に興味がありますよ。今の天気は地球を覆っている、厚さわずか10kmの大気の動きを見て予報しているだけ。でも、その外にある何億倍、何兆倍の広さの宇宙が、地球の天気に影響を与えている可能性があるわけですよね。例えば身近な太陽も、太陽フレアが地球の天候、気候に大きく影響していると考えられています。そういったことを調べて僕らの天気予報にも役立てれば、もっと長期的なスパンの予報ができるかもしれません。この「宇宙天気予報」とでもいうべき領域は、非常に魅力的だと思いますね。
―― 確かに現在の天気予報は、対象となる期間が短い。
天達:法律上、日ごとの予報は1週間先までしかできないことになっています。また月ごとや季節ごとの長期予報も、気象庁が発表する3ヶ月予報や暖候期・寒候期別の季節予報など、期間は限られています。それが宇宙天気予報によって、例えば何年先、何十年先の気候がわかるようになれば、非常に有益です。
―― 一方で、気象予報では衛星からの画像を利用するなど、宇宙事業と深い関係があります。JAXAが運用する衛星も気象予報に役立っています。
天達:そうですね。例えば、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」ですよね。2010年4月にアイスランドの火山が噴火し、噴煙が欧州の広範な範囲に広がり、民間旅客機の運休や空港の閉鎖が相次ぎました。以後、噴煙がどう広がるのかが、気象関係者の関心事でした。その予測に、いぶきが撮影した噴煙の様子を捉えた画像が役立ったのです。この画像は、噴煙の方向性を見極める一助になったと思います。
―― いぶきは、温室効果ガスを観測するための補助センサとして、雲・エアロソルセンサを搭載しています。その補助センサが撮影した画像が、図らずも役に立ったわけですね。
天達:もちろん、本来の役割である温室効果ガスの観測にも期待しています。二酸化炭素の濃度は、従来、各国がそれぞれ測定していたわけです。それが、いぶきにより地球規模で観測できるようになったことは、大きな進歩です。今後、将来的な気象や気候の変化も、データを解析することで解明されるのではないでしょうか。つまり、衛星を中心とした宇宙事業によって予報の幅は確実に広がっていくわけです。
―― そのほか、JAXAでは陸域観測技術衛星「だいち」も運用しています。気象とのかかわりは?
天達:だいちには、標高など地表の詳細な地形データを収集する機能がありますよね。天気は実は地形に大きく左右されます。同じ東京でも、都心と郊外の奥多摩(山間部)では、天気は全く異なります。例えば、似たような雲がかかっていても、山間であれば、山の斜面に雲が当たり雨を降らせます。ですから予報には詳細な地形データが欠かせません。今後、だいちが観測したデータが、コンピュータによる「数値予報」(大気の状態の変化を数値的に計算し、将来の状態を予測する予報手法)に組み込まれれば、より正確な予報が可能になるでしょう。特に降水量予測の正確性が高まると、気象予報士としては、嬉しいですね。
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―― さて、準天頂衛星初号機「みちびき」には、カーナビやケータイに利用されるGPSの信号を補強・補完する役割があります。天達さんは、普段カーナビなどを使われていますか?
天達:実は、2009年に車を買い替えて初めてカーナビを付けました。僕はすごい方向音痴で、妻にもさんざん付けようといわれてきたので、ようやく念願がかなった形になります。使ってみると非常に便利ですね。目的地まで間違いなくみちびいてくれるし、到着予定時間まで表示されます。おかげさまで、約束の集合時間にも間に合うようになりましたよ。すごく助かっています。
―― みちびきは、日本に対して仰角の高い位置から信号を発信するので、特にビル街や山間部などで位置情報の精度の向上が期待できるんですよ。
天達:では、山間部ではカーナビ以外でも信号を活用できそうですね。僕は、生態系の保全や絶滅危惧種の保護に関心を持っていて、自分でも今後、何らかの活動をしていきたいと考えています。例えば、ツキノワグマにGPS受信機を付けて山中での移動を正確に捕捉し、保護に役立てることも考えられますね。またフクロウ好きな僕としては、北海道に棲息する絶滅危惧種である、シマフクロウの保護活動にも役立てたい。シマフクロウは、エサを取るのが苦手。大型なので、棲むための大樹も不可欠。あらゆる面で保護が必要な鳥です。受信機を付けて生態を調査し、大樹に巣箱を数多く設置するなど、一度、真剣に取り組みたいですね。こうして、みちびきも人と動物の共存に利用していければと思います。
―― 天気予報での活用はいかがですか?
若原麻紀さん(日本気象協会営業部):現在では、携帯電話でGPSによる位置情報サービスを利用して、自分が今いるエリアの天気がどうなるか知ることができますよね。日本気象協会でもコンテンツを提供しています。みちびきによってGPSの精度が上がれば、もっとピンポイントで、今いる場所の天気予報情報を提供することも可能になりますね。昨今、問題になっている突発的豪雨(急激な積乱雲の発達から降水がもたらされる現象、通称ゲリラ豪雨)は短時間で局地的に降るので、位置情報の精度は非常に大切。今後、活用する機会は増えていくと思います。
天達:携帯電話の位置情報を利用した天気予報は、僕たち気象予報士もチェックしています。雨雲が何時間後にその場所にくるのかなどを見ています。もし一般の方々も含めて皆さんの中で携帯電話で天気予報を見るのが習慣となれば、テレビのお天気コーナーも内容が変わってくるでしょうね。今日・明日の予報をメインとせずに、天気に関する知識やトピックスを提供したり、もっとエンターテイメント性を高めた内容になっていくかもしれません。
―― エンターテイメント、それはどんな内容が考えられますか?
天達:各地方の天気に関する言い伝えを紹介することも一例でしょう。僕はテレビ番組の企画で地方に行くときは、必ず「雨が降ると判断する、地元ならではの目安はありますか?」と尋ねるようにしています。すると、その土地独自のものがいろいろ出てきます。例えば、富士山では山頂付近に傘雲がかかると雨になるといわれています。しかし地元では傘雲の形によって降る、降らないが分かれるなど、もっと詳細な言い伝えがあったりします。本当かなと思っていると、取材中にその予報が当たり、ビックリすることもある。科学的なデータだけでなく、こういった言い伝えなども取り入れると、天気予報ももっと面白くなるでしょう。それに、意外と精度が上がったりするのかもしれませんね。
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―― 「GPS気象学」という領域でも、みちびきは活用されそうです。GPSからの電波は、大気中の水蒸気によって遅延やノイズが発生することがあります。その遅延時間やノイズによって、可降水量(水蒸気量と気圧、気温から算出した数値)を推定するのが、GPS気象学の主なアプローチです。
天達:そのデータは非常に重要ですね。突発的豪雨では、積乱雲が発生し豪雨となりますが、積乱雲は水蒸気を多量に含んでいます。そこをGPSの電波が通れば、遅延したりノイズが発生したりするわけですよね。もし、その正確な位置や量がわかれば、どこで突発的豪雨が起こりそうか、予測が可能になります。被害を防ぐためにも、非常に有効だと思いますね。
若原:今の気象予報でも、GPS気象学による可降水量のデータは活用されています。しかし、米国のGPSは、衛星の軌道の関係から信号が斜めに入ってきます。この状態では正確な位置情報を計測することが難しい。その点、みちびきは日本の上空を通るという性質上、縦に信号が入りますので、正確な位置の可降水量を推定することが可能となります。
―― JAXAでは気象研究所と共同で、みちびき打ち上げ後に衛星による観測データの水蒸気量推定への寄与について研究を推進する予定です。気象研では、地上の電子基準点網の活用によって、水平方向の可降水量の分布を計測しています。それに加えて、みちびきからの信号の水蒸気による遅延量を用いて、可降水量の垂直方向の分布も分かるようになります。この地上データと衛星データの併用によって、さらに突発的豪雨の予報精度が高まることが期待されます。
若原:私たち日本気象協会でも、全国1,200地点以上のGEONET (国土地理院GPS連続観測システム)を利用して、突発的豪雨を予測しています※1。このシステムにおいても、みちびきの導入により、より精度の高い予測が期待できますね。
※1 総合数値予報システム(SYNFOS-3D):GPS可降水量を取り込んだ2.5kmメッシュ解像度の総合数値予測システム(日本気象協会トピックス)
―― みちびきと気象は色々な点でつながってきますね。ほかにも、「GPS波浪計」というものがあります。海上にブイを浮かべ、その縦軸の高さの変化をGPSで測ることにより、波の高さを算出するというもの。津波の予報に役立ちます。
若原:GPS波浪計に関しては、日本気象協会も技術協力しています。
天達:前もって、どのくらいの大きさの津波がいつごろ来るか、わかるわけですよね。
―― そうです。さらに、みちびきのデータを活用すれば精度が向上するので、より正確な計測につながる可能性が高くなります。
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―― GPSの気象での活用は、まだ考えられます。例えば、「GPSゾンデ」。気球にGPS受信機と大気の成分を計測する計測装置を搭載し、大気中に飛ばします。色々な場所で計測し、天気予報に役立てようとするものです。みちびきによって、計測装置の位置情報の精度が向上すれば、よりデータの信頼度が高まるのではないでしょうか。
天達:GPSゾンデでは、リアルタイムに大気の様子を計測できるわけですよね。これは台風の予報にピッタリ。台風は刻々と状態を変化させながら進みます。もし、その変化のデータがリアルタイムで取得できれば、今後の勢力はどうなるか、どの進路を取るか、ということも、より正確に把握できるようになります。
―― さきほどお話に出てきたGEONET (国土地理院GPS連続観測システム)によって、地殻(プレート)の変動の観測も行われています。地震発生には地殻の変動が影響していることがわかっているため、GPSを使った位置データにより地震発生のメカニズムを解明し地震の発生を予想する研究が進められています。観測データによって地震発生の兆候が報告されていますが、さすがに天気予報のような短期的な地震予報はまだですね。
天達:でも、それはすごいことです。みちびきでGPSの測位技術が進化し、さらに補正技術も向上すれば、地震の予報が可能になるかもしれない。夢のある話ですね。
―― 気象も地震も、まだまだミステリアスな部分が多い。今後、みちびきなどの衛星の力で、解決していければいいですね。
天達:天気は100%完璧に予報できることはない。でも、やはり気象予報士になった以上、「どこまで完璧に近づけるか」というモチベーションが、やりがいにもなっています。そういう意味では、みちびきには非常に期待しています。「がんばって!」という気持ちです(笑)。同時に、データを使う気象予報士の側も、もっと勉強しないといけないですね。
―― 今後もそれぞれの事業を通じて、国民生活に役立てることができればと思います。本日は有難うございました。