ファッションと宇宙。一見つながりが無いように思われるこの2つの世界。今回の「みちびく人々」は国内外で活躍する今注目のファッションブランド「MIKIO SAKABE(ミキオ サカベ)」のデザイナー 坂部三樹郎氏を迎えて、ファッションというフィールドから見た準天頂衛星システムとGPS、そして未来のファッションスタイルとは?という切り口でお送りします。
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インタビューの前に準天頂衛星「みちびき」やJAXAの宇宙事業について体感してもらうべく、筑波宇宙センター館内をご案内。まずはエントランス正面の実物大H2Aロケットを一望、その後、宇宙服をじっくりと見学。1着10億円という説明に驚きの声があがる。そして「コストがかかっているのは生命維持装置?外面はミシンで縫ってあるだけなので簡単に作れるかもしれない!それとも素材が特殊で高価なのか?」と瞬時に分析。ファッションデザイナーとしての視点はさすがだ。最後は、人工衛星の展示ホールへと移動。展示されているさまざまな形の人工衛星に興味津々の坂部氏。特に注目していたのは測地実験衛星「あじさい」(EGS)。そして一言。「これは、まるでミラーボールだ!(笑)」
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―― まず準天頂衛星「みちびき」とかけまして、坂部さんがファッションデザイナーへみちびかれたきっかけを教えていただけますか?
坂部 三樹郎さん(以降、坂部):もともと興味があったのはアートの方で、日本の大学を卒業した後にイギリスで少しの間アートを学んでいました。しかし卒業間際に先生から「今の時代、アートはビジネスとして成功させるのは難しい。人ともっとコミュミニケーションのとれるファッションや音楽で表現した方がいいんじゃないか?」というアドバイスをもらったんです。僕自身、元々ファッションにも興味があったので、思い切って転向を決めました。
―― その後、坂部さんはアントワープへと向かうことになるのですが、なぜ元々いたイギリスではなくベルギーのアントワープを選ばれたのでしょうか?
坂部:まずイギリスの大学は学費が高かった(笑)。アントワープを選んだのは、王立、つまり国立の学校なので学費が安かったから。でも入学するのは想像以上に大変でした。入学試験は、作品のポートフォリオと面接、二日間に及ぶデッサンの3つ。その総合点で判断されるんです。世界中から入学希望者が集まり、そのうち入学できるのは60名。かなりの倍率でした。
―― 在学中は、さらに大変だったと聞いておりますが。
坂部:そうですね。入学当初1年生は60名いるのですが、2年生になれるのは最大で30名。半数です。4年生まで進級できても卒業できる生徒はごくわずか、留年は基本的に退学、というかなり厳しい環境でした。「ファッションデザイナーになれるのは一握り」ということを学校側も熟知していて、才能がない人や学校に合わない人には早い段階で判断すべき、という方針だったのではと思います。私立ではないので人数もそこまで必要ないですし、本当の意味で「人をつくる」学校でしたね。
―― その後、アントワープ王立芸術アカデミーを主席で卒業し、すぐにご自身のブランドを立ち上げることになります。他のメゾン(※1)で経験を積むという選択肢はなかったのですか?
坂部:実はいろいろなメゾンからオファーをいただいていました。どうしようかなと考えつつ、そのことを先輩ファッションデザイナーたちに相談したんです。--アントワープという所はファッションデザイナーが非常に身近にいて、とてもよい環境でした。--そして、彼らのほとんどが「自分のブランドは、立ち上げたいタイミングで動かないとやる機会はない」という意見でした。これで「MIKIO SAKABE」を立ち上げる決心が固まりました。
※1 メゾン:ファッション業界では会社、または店などの意味で使われる。
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―― 海外でファッションを学ばれ、「MIKIO SAKABE」を立ち上げました。活動拠点をあえて日本に移されたのはなぜでしょうか?
坂部:ビザ取得の関係もありましたが、それ以上にファッション的要因が大きかったですね。現在、ファッション業界はヨーロッパ・アメリカ中心ではなくなってきています。中東、アジア、そしてブラジルも含めて、今までファッションシーンに参加してこなかった人々の新しい文化が入ってきています。そうなると、これまでのヨーロッパ中心のファッションシステムとは違う動きが出てくるはずです。その中でも日本という国はいろんな意味でその中心になりやすい。ですから、日本を拠点にアジア、そして世界へ発信していく方が面白いと思うんですよね。
―― ヨーロッパと日本のカルチャーの違いについてどうお考えですか?
坂部:ヨーロッパは昔からアートが強いです。たとえばパリ。町中に建築物などの生活の中で触れられるアートがあふれているので、そういった感覚が日本人よりも鋭いんですよ。日本では、わざわざ美術館に行かないとアートには触れられない。逆に日本が強いのは漫画やアニメ、ゲーム、テレビを含めたエンターテインメントのカルチャーだと思います。それらは、ここ数年でやっと海外でも認められはじめましたね。ファッションでいうとの村上隆さん(※2)がルイ・ヴィトンとコラボレーションして盛り上がっていました。ちょうど同時期にヨーロッパにいたので、そのことは特に強く感じましたね。
※2 村上隆:現代美術家、ポップアーティスト。ルイ・ヴィトンやヒップホップ・ミュージシャン、カニエ・ウェスト等、常にナンバーワンの地位に導くコラボレーションの手腕は業界を引っ張っていく存在である。
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―― 準天頂衛星システムは、日本独自の、そしてアジア・オセアニアにフォーカスしたプロジェクトです。アメリカのNASAに対して、今後、アジアの宇宙開発事業は日本のJAXAがリーダーシップをとっていくべきだ、という考えもあります。坂部さんも日本のファッション業界においてリーダーシップを発揮しているとお見受けしますが、日本の強みと思われることについてお聞かせください。
坂部:まず、どうすれば日本がファッション界でリーダーシップがとれるか、という観点でお話しします。洋服は西洋からきたものであり、自己表現するもの。そして元々はヒエラルキー(階級)を表すものなんですね。よってお金持ちはお金持ちのファッションがあって、自分の地位であるとか、財産を表現することもファッションの一部と考えられています。日本人は仏教的素養からか、差を作ることを好まない人種。つまり、“階級”という考え方に距離があるんですね。日本のファッションにおいて「ゴージャスに見せる」という目的があったとしても、それは決して階級を見せるための手段ではないのです。
また一方で、原宿や渋谷発信のストリート要素の強いファッションが面白くなってきています。例えば「シャネルのバック持って、カジュアルなTシャツ着る」とか、海外の人たちから見れば「変な混ぜ方してる!」って思うんですよ(笑)。しかし、階級関係なく混ぜちゃうところが、とても日本ぽいと思うんですよね。
日本のストリートカルチャーは海外ではなかなか認められにくい部分もありましたが、今では世界に発信できる日本の強みといえるでしょう。また、そういった社会的背景から織り成される日本のファッション感性こそ最大の武器ですね。もし日本やアジアからファッションを発信するのであれば、西洋階級社会的な発想では得られない“ミックスする”という面白さを携えて創造していきたいと思います。
―― 坂部さんが日本のファッション発展のために取り組んでいる活動などありますか?
坂部:ファッションショーってごく限られた人にばかりに見られていて、一般の人がライブで見る機会がないんですよね。そこで、できるだけ多くの人に見てもらいたいという考えで、前回のコレクションから、他のブランドやアーティストと一緒にショーを行っています。
―― 準天頂衛星「みちびき」も、一般の人が知る機会が少ないという点については、同じ課題を抱えています。
坂部:とにかくもっと多くの人の目に触れる機会を増やした方がいいと思っています。次のコレクションでは、できるだけ一般の人にも参加しやすいイベントとして、いろんなデザイナーや、他ジャンルのアーティストを混ぜて、クリエイションしていくことを考えています。よくファッション雑誌でコレクションやショーの写真が載ってますけど、あれだけではリアルなその場の雰囲気は伝わっていないなと。ファッションショーの醍醐味は、登場するモデルや音楽、場の空気感等、それらすべてが混ざりあった面白さにあります。実際にショーへ足を運んでいる人だけが味わえるこの臨場感を、もっと多くの人に知ってもらいたいですね。
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―― 先ほど、筑波宇宙センター内を見学した際に船外活動用の宇宙服を見ていただきましたが、ファッションという観点から見て、いかがでしたでしょうか?
坂部:宇宙服は一着10億円。オートクチュールの特注品ですよね(笑)。しかし思ったよりも軽装だと思いました。どこにお金がかかっているかなと。おそらく生命維持装置部分でしょうか。頭は堅い素材で覆われていて、ボディは太陽光を出来るだけ吸収しない素材を使っているとのことでしたね。布はミシンで直線縫いされていましたね(笑)。おそらく、スキーウェアややミリタリーのように頑丈かつ機能を重視したものなのでしょうね、ファッションとしてのデザイン要素は少なかったです。
外に覆われているウェアだけであれば自分でも作ることは出来ると思いますが、人の命に関わる服なのでいろいろな意味で怖いですね。ファッション性が無く、生命を維持する装置などがむきだしに付いていたりと、危険というか“ごつい“というイメージを強く持ちました。宇宙服を洋服として提案するのであればもっと楽しくなるようなハッピーなものをデザインしたいですね。
―― それでは準天頂衛星システムとGPSのお話に移りたいと思います。例えば坂部さんデザインの服にみちびきやGPSの受信機をつけ、着ている人がどこにいるのかが分かるようになる--更に言うと、全世界のMIKIO SAKABEの洋服を着用したもの同士がつながる--そんなコミュニケーションツールつくるという発想はいかがでしょうか。
坂部:面白そうですね。最近、人間の生活自体がモノを持つスタイルから持たないスタイルに移行してきているのではないかと思っています。本もiPadの登場によって必要なくなる時代が来るかもしれません。従来はモノを持っていることはステータスだったはずですが、ここへきて究極にモノを持たないことがカッコいいと感じるようになってきている。もしかしたら家も持たない、いろんな場所にスーツケース1つで移動する新しいライフスタイルが確立するかもしれない。もしそうなったら、住所を持たない人々が世界中を飛び回り、身分証明書代わりのGPS機能が必要になる、という時代が来るかもしれません。
―― すごく面白い発想ですね!!その際は、都市部での測位精度向上が期待される準天頂衛星システムが更に大活躍しそうですね。坂部さん、本日は、筑波宇宙センターまでお越しいただき、また楽しいお話をありがとうございました!
坂部三樹郎さん プロフィール
1976年生まれ。成蹊大学理工学部卒業後、渡欧。イギリス・セントマーチンを経て、2006年、ベルギー・アントワープ王立芸術アカデミー ファッション科を首席で卒業。2007年、台湾出身のシュエ・ジェンファン氏とともに「MIKIO SAKABE」設立。2008年春夏シーズンでは同世代デザイナーとともに『ヨーロッパで出会った新人たち』展を企画。その後も東京を中心に、パリ、ミラノなどでも作品を発表。国内外問わずにヨーロッパでも高い評価を受けている。