お知らせ

2024.10.04(金)

はくりゅうによるシナジー雲画像の公開
~複数センサを組み合わせることにより実現する精緻な雲観測~

2024年5月29日7時20分(日本標準時)に打ち上げられた雲エアロゾル放射ミッション「EarthCARE」衛星(和名:はくりゅう)は、順調に観測を続けています。国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構(JAXA)と国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)が開発した雲プロファイリングレーダ(Cloud Profiling Radar; CPR)は、6月12日および13日に初観測を実施しました。日本の東海上にある梅雨前線上の雲域の内部を捉え、世界で初めて宇宙から雲の上下の動きを測定することに成功しました。

はくりゅうには、「レーダ」「ライダ」「イメージャ」および「放射収支計」という観測方式の異なる4種類のセンサが搭載されています。はくりゅうは、欧州宇宙機関(ESA)と日本が共同で開発してきましたが、ESAはそのうちの3つのセンサの開発および運用を担当しています。ESAは、広帯域放射収支計(BBR)の初画像を7月5日、多波長イメージャ(MSI)の初画像を7月24日、そして大気ライダ(ATLID)の初画像を8月21日にそれぞれ公開しました。

■はくりゅう搭載センサによるシナジー雲画像

EarthCARE衛星(はくりゅう)の観測の特徴は、これら4センサによってひとつの対象地点を同時刻に観測する「シナジー観測」です。各センサのデータを複合的に組み合わせることで、ひとつのセンサだけではわからない新たな情報を提供することができます。この4種類のセンサが1つの衛星に搭載されるのは初めてのことです。JAXAは、NICT、九州大学、国立環境研究所、東海大学、東京大学、リモート・センシング技術センター(RESTEC)と協力してデータ処理手法を開発してきました。本稿では、シナジー観測によって得られた雲画像(図1、2)を初公開します。

図1:はくりゅう雲シナジー初画像:日本列島に接近中の令和6年台風第10号の観測結果。
観測時刻:2024年8月28日 2時(日本標準時)。
高さ分布で、赤色系の色塗は雨や雲水、青色系色塗は雪や雲氷の高さ分布を示す。 (c) JAXA/ESA

図2:図1で示した観測結果の動画。(c) JAXA/ESA

8月22日にマリアナ諸島で発生した令和6年台風第10号は、日本付近で動きが遅くなり、27日に非常に強い勢力となって奄美大島に接近した後、29日8時頃に鹿児島県薩摩川内市付近に上陸しました。台風10号は進路予測が非常に困難で、度々進路が変わり、また、大雨や土砂災害、竜巻など各地で大きな被害をもたらしました。はくりゅうは、奄美大島付近の海上にあった台風第10号の雲を8月28日2時に観測しました(図3)。

図3:気象衛星ひまわり9号の雲画像にはくりゅうの軌道(赤線)とMSI観測幅(オレンジ色)を重ねた図。(c) JAXA/JMA

図1は、はくりゅうのシナジー観測が捉えた台風第10号の雲の構造です。図2で観測結果を動画で示します。CPRは厚い雲、ATLIDは薄い雲に感度があり、CPRとATLIDを組み合わせることで、より幅広い雲の種類を観測できます。またCPRとATLIDが両方とも観測できている雲域は2つのセンサにより、より正確に雲の量を推定できます。図4は、CPRとATLIDが観測する雲の高さ分布の違いを示しています。さらにMSIは約150kmの観測幅を持ち(図3)、台風第10号に伴う雲の水平構造を捉えることができるため、MSIも複合することで、雲の量をより正確に推定できます。

雲の高さや種類、重なり方といった雲の特性は、地球の気候システムを大きく左右します。一方で、雲による温暖化への影響は十分に定量化されておらず、温暖化予測における最大の不確実要因となっています。温暖化への雲の影響を定量的に評価するうえでも、こうしたシナジー観測による精緻な雲観測データやCPRによる雲粒のドップラー観測、さらには数値モデルとの融合によって気候変動メカニズムの科学的な理解が促進されることが期待できます。はくりゅうのデータの活用によって、より精度の高い気候変動予測につながり、気候変動への適応策の検討に貢献します。

図4:CPRとATLIDが観測する雲の高さ分布の違い(c) JAXA/ESA
図5:MSI(a)と気象衛星ひまわり9号可視赤外放射計(b)の水平分解能の違い。
(C) 図5(a) JAXA/ESA、図5(b) JAXA/JMA。

図5は、MSIと気象衛星ひまわり9号搭載の可視赤外放射計(AHI)の水平分解能の違いを示しています。MSIはAHIと似たセンサですが、MSI(10.8μmバンド)の水平分解能が500mに対して、AHI(10.4μmバンド)の水平分解能は2kmと、MSIの方がより分解能が細かい特徴があり、そのため、MSIはより詳細な雲の分布を見ることができます。さらにCPRやATLIDが観測する雲の高さ分布と組み合わせることで、より正確に雲の量を推定することができます。

■はくりゅうの1周回の軌道とCPR観測例

CPRは6月以降、観測を続けていますが、ここでは2024年8月22日の例を示します。図6ははくりゅうの1周回の軌道を示しています。はくりゅうは1日に地球を約16周しており、軌道1周回は約90分間にあたります。

図6:はくりゅうの1周回の軌道(2024年8月22日、軌道番号:1337)。
1周回が8個のシーンに分割され、それぞれシーン毎にAからHの文字を付けている。(c) JAXA
図7:CPRのレーダ反射強度の高さ分布について、図1のA~Hの8シーン毎に1周回を図示(2024年8月22日、軌道番号:1337)。
(c) JAXA/NICT/ESA

図6の軌道に沿って観測しているCPRのレーダ反射強度の高さ分布が図7です。図7はCPRのレーダ反射強度の高さ分布について、1周回をA~Hの8個のシーン毎に示しています。

図7から、CPRは世界中のさまざまな雲を観測していることが分かりますが、その中から、2024年8月22日22時(世界標準時:UTC)に観測した北東太平洋の熱帯低気圧に関するレーダ反射強度とドップラー速度の高さ分布について図8に示します。 CPRは、宇宙から地球へ向けて電波を発射しており、さらにその電波が空に浮かぶ雲粒や雨粒に当たって跳ね返ってきたものを受信しています。 レーダ反射強度(図8a)は、この「跳ね返ってきた電波」の強さを表していて、その値が大きいところには、空に多くの雲粒や雨粒があることを意味しています。 図から、この熱帯低気圧は下層から上空約15kmにまで発達した雲構造を持っていることが分かります。

図8a:北東太平洋の熱帯低気圧に関するCPRのレーダ反射強度の高さ分布(2024年8月22日22 UTC)
(c) JAXA/NICT/ESA

ドップラー速度(図8b)は、雲粒や雨滴の上下方向の動きをドップラー効果に基づき計測した速度です。ドップラー効果は、救急車の通過時に音の高低が変化することで有名です。図から高度約5kmより下の高さでドップラー速度が下方向に大きくなることがわかります。これは雨滴の速い落下速度に対応し、この熱帯低気圧で、高度約5kmから下の高さでは雨が降っていることがわかります。

図8b:北東太平洋の熱帯低気圧に関するCPRのドップラー速度の高さ分布(2024年8月22日22 UTC)
(c) JAXA/NICT/ESA

■全球降水観測(GPM)主衛星との連携による雲から雨まで包括的な観測

ちょうどこのとき、全球降水観測(GPM)主衛星もこの場所を通過し、同じ雨雲を観測していました。GPMは日米共同ミッションで、GPM主衛星は2014年2月にH-IIAロケットで種子島宇宙センターから打ち上げられ、現在も運用中です。GPM主衛星にはJAXAとNICTが開発した世界初の二周波降水レーダ(DPR)が搭載されています。

図9は、図8で示したCPRと同じ断面上での、DPRで観測されたレーダ反射強度を示した図です。双方とも電波を出して、戻ってきた反射信号を測るレーダですが、電波の周波数が異なっており、 DPRは雨粒を測るのに適した周波数(13GHzと35GHz)で観測しているのに対して、CPRはそれよりもずっと小さい雲粒を測るのに適した周波数(94GHz)で観測をしています。

図9:図8と同じ熱帯低気圧に関するDPRのレーダ反射強度の高さ分布。(c) JAXA
図10:図8と図9で示したCPRとDPRのレーダ反射強度の高さ分布の比較。
青色系色塗はCPRのレーダ反射強度、赤色系色塗:GPM/DPRのレーダ反射強度を示す。
(c) JAXA/NICT/ESA

図10はCPRのレーダ反射強度の上に、DPRのレーダ反射強度を重ねた図です。 DPRでは成長が進んだ大きな雨滴や雪粒子の分布がとらえられていますが、CPRではそれよりもさらに高いところにある雲の内部の様子までとらえることができています。 さらに、CPRは世界初のドップラー速度の計測機能を有しており、雲内部でこれらの粒子が上下方向にどのように動いているのか実際に測定することができます。他方、DPRは、雲の中の降水の構造を三次元で観測できます。CPRとDPRの測器のそれぞれの長所を組み合わせることで、雲から雨まで包括的に観測することができるようになりました。

雲粒が降雨へ成長する雲・降水過程は、豪雨等を予測する数値気象モデルや将来の気候を予測する数値気候モデルで重要な役割を果たしています。はくりゅうとGPM主衛星の連携による雲から雨までの包括的な観測により、雲粒が降雨へ成長するメカニズムの理解を進め、数値モデルの雲・降水過程を改良することで、予測精度が向上することが期待できます。

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