2022.02.10(木)

気候変動の要因である、雲とエアロゾルの 分布や動きを詳しく調査する世界初の試み

プロジェクトマネージャー

富田 英一

気候変動予測の大きな不確実要因になっているのが、雲とエアロゾルです。 「EarthCARE」(Earth Cloud Aerosol and Radiation Explorer)は、 搭載する4つのセンサで雲やエアロゾルの量・動きの全地球的な観測を行い、気候変動予測モデルの精度向上に貢献する地球観測衛星です。2023年度の打ち上げが迫った打ち上げが迫った「EarthCARE/CPR」プロジェクトのプロジェクトマネージャ富田英一さんに伺いました。

衛星搭載レーダの開発・運用で気候変動モデルの精度向上に貢献していく

―現在担当されているお仕事を教えてください

「EarthCARE/CPR」プロジェクトのプロジェクトマネージャをしています。 EarthCAREは、地球全球の雲とエアロゾルの3次元分布を観測し、気候モデル予測精度を向上させることをミッションとする衛星です。 現在、気候変動が人類の課題となっていますが、パリ協定で「産業革命前からの温度上昇を1.5~2℃を目標として押さえ込む」ことが目標となりました。 しかし、現在のところ、2050年の地球全球の温度上昇の予測によって1~2℃という大きな幅があります。

気温の変動予測 (IPCC2014年報告)

この誤差の最大の要因は、気候モデル内での雲とエアロゾルの取り扱いだと言われています。 例えば雲の場合、太陽の放射が地球に届くのを防ぐいわゆる日傘効果があり、冷却要因となります。 一方で地球の熱が宇宙空間に逃げるのを防ぐ毛布の効果もあります。どちらの効果が勝るかというと、雲の高度や種類によるといわれています。

雲とエアロゾルの重なり

そのためEarthCAREには、雲プロファイリングレーダ(CPR)、大気(紫外)ライダー、多波長イメジャー、広帯域放射収支計という4つのセンサが搭載されています。 我々が担当している雲プロファイリングレーダ(CPR)で雲の垂直分布と鉛直方向の速度、大気ライダーでエアロゾルの垂直分布、 多波長イメジャーで雲等の水平分布を測ります。これらを使って気候モデルのシミュレーションを行い、 そのとき出てくる放射の答え合わせをするために実際の放射を広帯域放射収支計で観測するという計画になっています。 EarthCAREは、欧州宇宙機関(ESA)と日本の共同開発で進めているプロジェクトです。 JAXAは雲プロファイリングレーダを国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)と共同開発し、他の3つのセンサと衛星、打上げはESAの担当です。 ちょうど6月末にドイツのエアバス社でCPRを衛星に組み込んで試験をする作業が完了したところです。 これから欧州で衛星システムとしての試験が進められ、2022年度中に仏領ギアナのギアナ宇宙センターからソユーズロケットで打ち上げられることになります。

EarthCAREの観測装置

―EarthCARE/CPRにかける想いを教えてください。

CPRは世界で初めて衛星から雲の上下方向に動く速度を計測するセンサで、衛星からレーダを発射し、反射波で雲を構成する粒子を観測し、 どの高さにどれだけ雲を構成する雨粒などがあるかということを計測します。 この雲の上下方向の速度は、雲が上昇して雨粒になるという成長プロセスに深く関わっていますが、その実態がわからないので、 気候モデルの中で再現できないと言われています。そのため世界中の科学者から打上げへの期待が寄せられていますので、 期待に添う様に確実な観測をしたいと考えています。

―全米科学アカデミーが2018年に発表した「Decadal Survey」において、地球観測で取り組む5つのテーマのうち、ひとつが「雨と雲」、 もうひとつが「エアロゾル」でした。NASA、ESAなど世界の宇宙機関の中で、将来の雨雲ミッションにおけるJAXAの立ち位置を教えてください。

私は気候変動のような人類共通の課題は、一国単独ではなく国際的な協力で進めることが望ましいと考えています。 実際プロジェクトの中で日本と欧州の科学者による合同会議を年2回実施しています。 私は実際にこの会議で課題解決に向けて世界中の科学者が熱心な議論を行って協力することで、良い成果を出すために切磋琢磨している姿を見て、今の思いをいっそう強くしました。 またJAXAはこれまで日本の強い電子産業の力を借りて熱帯降雨観測衛星「TRMM」と 全球降水観測計画/二周波降水レーダ「GPM/DPR」そしてEarthCARE/CPRと継続的に衛星搭載レーダの開発・運用を実施してきています。 国際協力の枠組みの中で、こういった日本の強い分野で貢献していくことが良いと思いますし、我々の立ち位置だと思います。

人々の暮らしをよい状態で持続可能にするためにEarthCAREを役立てたい

―コロナ禍で開発を続けていく中で困難だった点があれば教えてください。

今年の3月から6月にかけてドイツのエアバス社でCPRを衛星に組み込み試験が行われました。 これを支援するために日本からJAXAと担当企業の技術者がコロナ禍の中、交代でドイツに出張して作業を行いましたが、 3月の段階でヨーロッパの感染状況は日本以上に深刻で、現地のドイツは正にロックダウンしている状態でした。 このような中で出張者の安全を図るために感染防止の計画を構築し、様々な準備を行い、一連の出張作業を行いました。 私自身も2回現地に赴きました。私は出張者が安全に作業できるように大変重い責任を感じましたが、が、最終的にひとりの感染者も出すことなく、 計画どおり作業が終えられ、ホッとしています。EarthCARE/CPRプロジェクトはこれ以降、打ち上げまで全て海外での作業になります。 引き続き現地の情報を収集して感染防止対策を検討しつつ作業を進めていきたいと思っています。

CPRの衛星組み込み試験

―EarthCAREで観測されたデータが社会の中でどのように使われることを期待していますか?

今、気候変動は確実に進行しています。しかし実際にどの程度気候が変化するのかはわかっていません。 気候変動の変化の程度によって取るべき対策、適応策が変わってきます。またこの変化は、地域によって差があると思います。 そのような中でEarthCAREの観測データを世界中の適応策を検討している人たちに使っていただいて、 気候変動が進行する中でも人々の暮らしがより良い状態で持続していけるために役立てられれば良いと考えています。

―EarthCAREはこれまで何回か打ち上げ延期になっていますが、どこに難しさがあるのでしょうか?

延期になった理由のひとつは、4つのセンサがいずれもかなりチャレンジングなセンサだと言うことです。 我々が開発しているCPRは世界で初めて雲の上下方向の粒子の速度を計測しますが、そもそも雲の上下の速度は秒速2~6mくらいで、 これを秒速7800mで飛行している衛星から観測しなくてはいけません。指向精度が少しでもずれると誤差が出てしまいます。 それをなくすのは技術的に非常に難しいのです。しかし、気候変動の問題は、いよいよ待ったなしの状況になりつつあると考えています。 EarthCAREを確実に打ち上げ、観測できるようにしたいと思っています。

EarthCAREを宇宙開発の歴史の良き1ページとしたい

―これからの日本での宇宙開発はどういう方向に進んでいくべきでしょうか?

私は昨年まで10年ほど国際宇宙航行連盟(IAF)のスペースシステムシンポジウムの委員を務めていました。 年に1回国際宇宙会議(IAC)が開かれるのですが、毎年のように新たな国が宇宙機関を創設したというニュースが出ていました。 最近では、民間で宇宙開発を進める企業が出てきています。 国内に目を向けても多くの宇宙のスタートアップ企業が活動していますし、国においてもこれまでないような新たな宇宙インフラの構築が進められています。 これは宇宙技術がある意味普通の技術になってきたということだと思います。 日本の宇宙開発の未来にしても、1つの方向に進むのではなく、それぞれのニーズに基づいてあらゆる方向に進んでいくのだと思います。 一方で我々JAXAは、日本の宇宙技術の中核機関として我が国の宇宙技術が世界を主導できるように様々なチャレンジを続けていかなくてはならないと考えています。

―宇宙開発を志したきっかけは何ですか?

1980年代に私が学生だった頃、自動車産業や電子産業など日本の産業が、米国等で大きく話題となるような時代でした。 一方、航空宇宙産業は、米国と比べると大きくかけ離れた状態に見えました。 1989年、欧州でベルリンの壁が崩壊するという事件が起こり、当時その動きの大きな原動力になったのは、 東ドイツの人たちが衛星放送によって西側社会の繁栄を知ったことだと聞きました。 私は宇宙技術が社会に大きな影響を与えるものだということを再認識し、日本の宇宙産業に貢献したいと思って当時の宇宙開発事業団(NASDA)に入社しました。 私がNASDAで最初に取り組んだのが通信放送技術衛星「かけはし」(COMETS)※1で、 技術試験衛星VI型「きく6号」(ETSVI)※2とともに2t級の静止衛星をつくるというプロジェクトでした。 それまでは通信衛星・気象衛星などが開発されていましたが、大きさでいうと500kgほどで、今の分類でいくと小型衛星と呼んでいいと思います。 そこから一足飛びに2t級という大きなグローバルスタンダードの世界に飛び込んでいくという時代でした。

―今後の夢を教えてください。

夢というわけではありませんが、新たなものを目指すためのチャレンジは続けていきたいと思います。 チャレンジとは技術分野に限るものではありません。プレーヤは多様化してきていますので、新たな人たちと新たな仕組みを構築していくのもチャレンジです。 いろいろなことにチャレンジして、今までにない発想の新しいものを生み出していきたいと思っています。

―宇宙開発をしていなかったら、今何をしていると思いますか?

考えてみたのですが、よくわかりません(笑)。しかし何か新しいものをつくり出すような仕事を目指していたのではないかと思います。

―「私の人生アイテム」を教えてください。

私が宇宙開発を志したきっかけの1つは「電子立国日本の自叙伝」(NHK出版)という本を読んだことでした。 この本はもともとテレビ番組で、日本の半導体技術が頑張ってきた結果、80年代に世界のトップに到達した経緯をまとめた自叙伝・歴史でした。 当時自分は何をやろうかと考えていたとき、日本の宇宙技術を世界で通用するものにしたい、そのために貢献していきたいと考えるきっかけになった本です。 私は歴史に興味があり、歴史に関するさまざまな書物を読んだり実際に歴史の舞台になったところに行ってみたりするのも好きです。 これまでの我が国の宇宙開発の歴史を踏まえ、これからEarthCAREが開く世界を歴史の1ページとして、よい記述ができるようにしていきたいと思います。

電子立国日本の自叙伝

(取材日:2021年7月)

注釈
※1かけはし(COMETS):1998年に打上げられた通信放送技術衛星。
※2きく6号(ETSVI):1994年に打上げられた技術試験衛星。

関連情報

人工衛星プロジェクトEarthCARE/CPR

関連サイト

地球観測衛星特設サイト
地球観測研究センター EarthCARE/CPRサイト

プロフィール


 富田 英一(とみた・えいいち)

富田 英一(とみた・えいいち)

JAXA第一宇宙技術部門 雲エアロゾル放射ミッションEarthCARE/CPRプロジェクトマネージャ 通信放送技術衛星「かけはし」(COMETS)、超高速インターネット衛星「きずな」(WINDS)の開発に関わったのち、新規の衛星計画を検討する部署を経て、EarthCAREのプロジェクトへ。2013年2月より現職。

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