2023.05.15(月)
地球観測データを、より迅速に、より精細に、 地上へ届けるために
プロジェクトマネージャー
山川 史郎
地球観測衛星が取得したデータや画像を、より早く、より高い解像度で地上へ送信するために、地球観測衛星と静止軌道上のデータ中継衛星を光通信で結ぶ「光衛星間通信システム」(通称「LUCAS」:Laser Utilizing Communication System)のプロジェクトが進行中。いったん中継衛星を介して地上にデータを送るのはなぜなのか、衛星間を光通信で結ぶことでどんなメリットがあるのか、LUCASの特徴や現状などについてプロジェクトマネージャーの山川史郎さんにお聞きしました。
中継衛星が長時間の通信を、
光通信が大容量のデータ伝送を実現。
―「LUCAS」はどのようなシステムなのでしょうか?
LUCASは、地球を観測している人工衛星の軌道より、はるかに高い位置にある静止軌道に中継用の人工衛星を置き、地球観測衛星が取得した観測データを中継衛星にいったん送り、そこを介して地上に送るというシステムです。そして、その衛星間のデータの送受信を、電波ではなく、光通信で行うことに大きな特徴があります。
―いったん中継することで、どのようなメリットがあるのですか?
確かに観測衛星からそのままデータを地上に下ろせばいいじゃないかと思われるかもしれませんね。でも、観測衛星はつねに地球のまわりをくるくる回っているので、観測データを下ろす地上局が見えている時間が短いんです。観測衛星が地上局の上を通り過ぎてしまうと、次に地上局が見えるまでデータ送信を待たなくてはいけません。一方、中継用の衛星は24時間いつでも地上局が見える静止軌道上にあります。しかも、観測衛星が地上から約1,000kmの軌道を動いているのに対して、静止衛星は地上から36,000kmの高度にあるので、常時動いている観測衛星であっても長い時間視野に入れることができます。つまり、いったん静止衛星に中継することで、より長い時間、地上と通信ができるようになるというわけです。
− では、もうひとつの特徴である、通信を光で行うことのメリットはなんですか?
インターネットに光通信を使われているご家庭も多いと思いますが、光通信はいわゆるブロードバンドといって帯域が広く、非常に多くのデータを送ることができます。これは大きなメリットです。それから、光は広がらない。指向性が高いということもメリットです。
− 光は広がらない、指向性が高いとは
たとえば、静止軌道から電波を使って地上局にデータを送った場合、電波は関東一円くらいのエリアまで広がってしまうんです。そのため、そのエリア内で同じ周波数を使って通信しようとする人がいたら、それを邪魔してしまう。広い範囲で干渉が起きてしまいますので、それを回避するための相互調整が不可欠ですし、その結果、通信量や時間が制限されることもあります。
ところが、光を使ってデータを送れば、光はほとんど広がらないので、影響を及ぼすのは1km範囲くらい。干渉するエリアが小さくて済みます。これも大きなメリットです。
− LUCASが実現したら、どのようなことができるようになるのでしょうか?
LUCASによって、中継衛星を介することで長時間通信ができるようになり、さらに光通信によって大容量のデータを送受信できるようになります。
これにより、どこかで災害などが起きた際に、これまで以上に、早く、そして、高精細な観測データを地上に届けることができます。
4万kmも離れた観測衛星を狙って、
光で結びつける技術を開発。
− LUCASのプロジェクトは現在どのような段階ですか?
2020年11月に静止軌道上でデータを中継するための光データ中継衛星を打ち上げました。そして、その相手となる光通信機器を搭載した観測衛星が「ALOS-3(だいち3号)」だったのですが、残念ながら打ち上げに失敗してしまったため、現在は次の相手を待っている状態です。
− プロジェクトがスタートしたのはいつですか?
プロジェクトのスタートは2015年ですが、それ以前から衛星間の光通信の研究を行ってきました。
2005年に実験衛星「きらり(OICETS)」を打ち上げて、2009年までさまざまな光通信の実験を行ってきました。その技術をもとに、さらに進化した次世代の衛星間光通信を実現しようと始まったのがLUCASのプロジェクトです。
− プロジェクトにおける山川さんの役割を教えてください。
LUCASのプロジェクトは、中継用の衛星の開発、衛星に搭載する光通信機器の開発、衛星を打ち上げてくれるロケットとの調整、衛星を制御するための地上システムの開発など、行うべきことがたくさんある大型のプロジェクトです。
私は当初ミッションマネージャーとして、LUCASの心臓部である光通信機器の開発を担当しました。現在はプロジェクト全体を司るプロジェクトマネージャーを務めています。
− 何人くらいのプロジェクトなのですか?
その時々によって人数は変わります。最も慌ただしかった光データ中継衛星の打ち上げの直前はたくさんの人が集まりました。18名くらいだったでしょうか。
− プロジェクトを進めてきたなかで、いちばん難しかったことはなんですか?
先ほど、光のメリットとして“光は広がらない”というお話をしましたが、通信相手側の衛星を見つける上では、広がらないことがデメリットに働きます。データ中継衛星と観測衛星は大体4万kmくらい離れているんです。それを探して、光で結びつけてあげないといけない。光の広がりは約1km範囲ですから、4万km先にある1kmの的を狙うようなものです。普通に考えたら、まず当らないですよね。そこが非常に難しかったです。
− 4万kmも離れた衛星同士をどうやって結びつけるのですか?
観測衛星がいる場所は大体わかるんですよ。だから、中継衛星からそちらの方向に向かって光を放ちます。ただ光を放つだけではまず相手側に当たらないので、その光を100kmくらいの範囲でくるくる動かしてあげて観測衛星を探すんです。
− 光は広がらないから、あえて動かすことで見つけやすくするわけですね。
そうです。そして、観測衛星側は光をキャッチしたら、“ここにいるよ”ということを知らせるために、光が来た方向に光を打ち返してあげる。それによって、お互いの位置がわかり、衛星間を光で結ぶことができるわけです。
これらの動きを高い精度で制御するための技術開発が最も大変でした。
− 相手を探すテストは行ったのですか?
はい。国立研究開発法人の情報通信研究機構(NICT)さんにご協力いただいてテストを行いました。NICTさんが沖縄に設置されている観測装置にJAXAの機器を付加させていただき、観測衛星に搭載している光通信機器と同じような機能を持たせました。中継衛星から約4万km離れた沖縄のNICTさんの観測装置を探して、光でつなぎ、テスト通信を行いました。設計や解析などいろいろ試行錯誤して、これで大丈夫だろうと思いながらも、実際に試してみないと、本当に上手くいくのかわからないですから。中継衛星と沖縄の間でちゃんと通信できた時は、とてもうれしかったですね。
− 準備は万全で、次が本番ですね。つねに動いている観測衛星と光で結ぶのはさらに難しいのではありませんか?
そこが次のチャレンジになります。地球のまわりを回っているALOS-4を見つけて、衛星間を光でつなげることが完成形ですが、その一歩手前まで辿り着いたという感じです。
光のスペシャリストとして、
たまたまJAXAに入社。
− 山川さんはJAXAに入る前は何をされていたのですか?
大学院の博士課程で光の物性について研究していました。1990年代当時から、次代の技術として光が注目されていたんです。であれば、光を学んでおけば、将来明るいのではないかと思い、光を学ぶことにしました。
− そこから、なぜJAXAに入社されたのですか?
博士課程修了後は大学の先生、いわゆるアカデミックポストを狙っていたのですが、うまくいかなくて。あれは運みたいところも大きいので、大学の研究機関にポスドクとして残って、次のチャンスを待とうかとも思っていました。
そんな時、学会誌を見ていたら、たまたまJAXAの前身のNASDAが“光がわかる人”を募集していたんです。中途採用の募集でしたが、“博士課程修了も可”という記述があったので、外部の組織で経験を積むのもいいかなぁと思い、1997年に入社しました。
− では、特に宇宙に関心があったというわけではないんですね?
そうなんです。ちゃんとした志望動機があって就職活動をしたわけではなく、なんとなく入ってしまったという感じです。とはいえ、今まで光の研究だけやってきたので、光を入り口にしながら、まったく違う世界を経験できるという点は魅力でした。
当初は3〜4年経験したら大学に戻るつもりでしたが、そのまま居着いてしまいましたね(笑)。
− 入社後はずっと光の仕事に携わってこられたのですか?
組織なので多少の異動はありましたが、基本的には現在のLUCASにつながる光通信の研究開発に携わってきました。入社して約25年になりますけど、そのうちの20年近く光のことをやっていますね。
− 3〜4年で辞めるつもりが、25年も続けているのは、どこに魅力があったのでしょうか?
自分の研究成果が少しずつモノになり、人工衛星をつくって、打ち上げるところまで辿り着きました。完成はもう少し先ですが、近い将来、地球観測衛星のデータを地上に送る際に、自分の研究開発が実際に役に立つ時がくるでしょう。時間は掛かりましたが、そうしたプロセスをすべて体験できたのは非常に良かったと思っています。入社当時は、自分で人工衛星をつくれるようになるなんて思ってもみませんでしたから。
− どういうところに仕事の醍醐味を感じますか?
我々の研究開発の仕事は大きく2つの段階に分かれます。最初は研究の段階、そのあとはモノをつくる段階で、それぞれに違った醍醐味がありますね。研究は、小さな予算のなかで、いろいろなことを試してみる面白さがあります。トライ&エラーを繰り返す楽しさです。
一方、モノをつくる段階は、ここでいうモノは人工衛星ですから、莫大な予算がかかります。ですので、基本的に失敗は許されません。すべてを緻密に管理して、細かいブロックを積み重ねていくように、狙った通りのものをつくっていく。それはそれでスリリングな楽しさがあります。
− 失敗が許されないのは大変そうですが。
実際に打ち上げる衛星をつくる前に、本物とほぼ同じプロトタイプのようなものをつくり、いろいろな試験を行います。
そのプロトタイプをつくる際も本番さながらに緻密につくっていくのですが、試験を行ってみると、どうしても不具合が出てしまう。その不具合をひとつずつつぶしていって、本物をつくるというプロセスですね。
失敗が許されない代わりに、成功した時の喜びは大きいです。
同じ目標を目指すプロジェクトのメンバーは、
かけがえのない仲間。
− 研究開発を行う上で大切にしていること、プロジェクトのメンバーによく言っていることはありますか?
“データを見なさい”と“現場を見なさい”ということはよく言っていますね。
− “データを見なさい”とはどういうことですか?
手垢のついた言葉かもしれませんが、データは嘘をつかないので、まずはデータをちゃんと見て、判断し、考えることが大切です。データのなかには、これを見ることに意味があるのかというようなデータもあるわけです。大抵は何もないんです。何もないので“もういいや”となりがちなんですけれども、そこをちゃんと見続けることが大事。それをないがしろにしていると、大切な部分まで見落としてしまいます。これは自分に対する戒めでもありますし、プロジェクトのメンバーにも普段から心がけるように言っています。
− データから問題が見つかることもありますか?
ありますね。LUCASプロジェクトのメンバーは、私のような光を専門にしている人のほか、電波の人、機械の人、熱技術の人、ソフトウェア工学の人など、いろいろなパックグランドを持つ技術者が集まっています。そうすると、同じデータを見ても、一人ひとり見方が違うんですよね。
いろんな側面からデータを見続けることで、ちょっとした違和感に気づき、大事になる前に問題を解決できたこともあります。
− もうひとつの“現場を見なさい”とはどういうことですか?
人工衛星や搭載する光衛星間通信機器等は、基本的にJAXA内部でつくるのではなく、メーカーさんにお願いして製造してもらいます。メーカーさんは優秀なので、お任せしておいても良いものをつくってくれるのですが、メーカーさんの製造現場にちゃんと足を運んで、一緒に進めていく。メーカーさんと一緒に打ち合わせを行い、一緒にデータを見て、少しでも気になるところがあれば、徹底して議論させてもらう。そういう姿勢が大切です。
− プロジェクトのメンバーは仲が良いですか?
とても良いですよ。
わかりやすい目標があって、みんなが同じ目標に向かうので、おのずと一体感やチームワークが生まれますね。そこがプロジェクト制の良いところではないでしょうか。
長期間のプロジェクトになると、体調が思わしくなかったり、家庭の事情があったり、いろいろなことがありますが、そういう時もお互いにフォローし合える仲間でした。
− テストで沖縄と光通信できた時はみなさんで喜んで?
大変だったぶん、みんなで喜びを分かち合いました。コロナ禍だったので、“よし、みんなで飲みに行こう!”ということができずに残念でしたけど。
宇宙における光通信の可能性を
さらに拡げていきたい。
− これからの目標を教えてください。
まずはLUCASを成功させることですね。ALOS-4が打ち上がり、それと通信できるようにすることが現在のいちばんの目標です。
もちろん通信できたとしても、機器の性能の確認など、いろいろやるべきことはありますが、まずは光通信で衛星同士がつながり、地上に観測データを届けることですね。
− もうすぐですね。
はい。実は気になっていることがありまして・・・。
アメリカのNASAでも同様の光衛星間通信システムを進めていて、我々と同じように中継衛星はすでに打ち上がり、相手の衛星を待っている状態なんです。
− 本当にまったく同じ状態なんですね。
そうなんですよ。ALOS-3が失敗してしまったので、“負けたか・・・”と思っていたのですが、NASAも問題が生じて打ち上げを延期したとのことで。世間には知られていませんが、実はJAXAとNASAでデッドヒートを繰り広げています(笑)。
− それは注目ですね。
とはいえ、光衛星間通信はヨーロッパが先行していて、すでに2014年くらいにデータ中継衛星システムを確立しているんです。
我々はヨーロッパのシステムとは、通信に使用する光の性質を変えていて、より汎用性や将来性のあるものになっています。NASAのシステムも同様です。
− LUCASが成功した後の目標はありますか?
入社以来、宇宙における光通信をずっとやってきたので、その可能性をさらに拡げていきたいですね。たとえば、月や火星と衛星の通信を光で行うとか、そういう活動をしていきたいと思っています。
− 衛星と地上は光通信できないのですか?
確かに、衛星と衛星の間を光で結んだのだから、衛星と地上も光で結んだらいいじゃないかと思いますよね?でも、光は天候や大気に影響されるので、なかなか難しいんです。クリアすべき壁がたくさんあります。
− なるほど。最後に、JAXAで仕事をしたいと思っている人たちに、光の専門家としてたまたまJAXAに入社した山川さんだからこそのメッセージをお願いします。
宇宙の仕事に興味があるなら、自分の専攻などに関係なく、ぜひチャレンジしてほしいと思います。一見、宇宙とは関係ないことを学んでいたとしても、意外に接点があったりするので、あきらめないでほしいですね。それは文系でも同じです。
逆にいえば、学生時代に学んだことがそのまま仕事に通用することはほとんどありません。入社してから勉強すればいいんです。私自身、入社当時は光に関する知識は多少ありましたが、宇宙や人工衛星のことは何も知らず、入社後に学びました。
もしJAXAで仕事をしてみたいという気持ちがあるなら、専攻等で自制することなく、ぜひチャレンジしてみてください。お待ちしています。