2020.04.30(木)
地球観測衛星のデータを蓄積・活用し、これからの世界をより良くしていく
プロジェクトマネージャー
祖父江 真一
2014年5月24日、陸域観測技術衛星「だいち」の後継機として打上げられた「だいち2号」は、悪天候や夜間でも地表を観測できる※注釈1Lバンド合成開口レーダ「PALSAR-2」を搭載し、 災害時の状況把握、国土管理、地球規模の環境問題の解決など幅広い分野に利用可能なデータを取得しています。 現在、ビジネス利用の面でも注目を集めている「だいち2号」のプロジェクトマネージャ祖父江真一さんにお聞きしました。
衛星データを活用し幅広い地域で起こった災害に対応
―「だいち2号」(ALOS-2)プロジェクトマネージャとして力を入れてきたのはどんなことでしょうか。
日本のLバンド合成開口レーダによる陸域の観測は1992年に打上げられた「ふよう1号」(JERS-1)から始まり、「だいち」(ALOS)、「だいち2号」へと受け継がれてきました。 合成開口レーダは、悪天気でも夜間でも鮮明な地表の観測データの取得が可能です。 またLバンドは、森林などの植生があってもその下の地形を観測できるので、日本の国土に合っている観測方法だといえます。 世界でもLバンドによる観測を継続的に実施しているのは、日本だけです。
「だいち2号」は、地球上のどこの地域でも現地時刻の昼12時頃と深夜0時頃に上空を通過する軌道を使っています。 同じ地域を2度観測し、データを比較することで、地表の変化を捉えることができます。 2011年に東日本大震災での「だいち」による観測を行って「災害時にも使える」ということが利用者から認識され、 「だいち2号」を本格的に災害状況把握に使おうということになりました。
「だいち2号」は、2016年の熊本地震では国土地理院の解析により、地震に伴う地殻変動を検出するとともに、未知の断層を見つけました。 また地震後、阿蘇市の温泉が涸れるという異変が起こったのは、地下の地層が水平にずれたからだということも明らかにしています。
(国土交通省 国土地理院 https://www.gsi.go.jp/cais/topic160428-index.html)
2018年の西日本豪雨の際は、国土交通省などからの要請によって観測を行い、結果を関係省庁、防災関係機関、自治体に提供しました。 西日本豪雨ではたくさんの土砂崩れなどが起こりましたが、被害が広範囲にわたり地上から状況の把握がしきれないときに衛星データを利用することの重要さがあらためてわかりました。
「だいち2号」の場合、データを国・自治体などの政策でいかに利用することができるかも重要な部分です。 農地など土地利用の把握においては、作物を作付けした時期、生育状況などが繰り返しの観測データを用いて判別できます。 それによって実際には耕作されていないにもかかわらず、耕作されていることになっている耕作放棄地の把握ができる可能性があります。
また取得したデータに付加価値をつけることで、いかにビジネスで活用するかも重要です。「だいち2号」のデータに公開されている他の民間衛星のデータを組み合わせ、 AIなどを使いながらいかに情報サービスを広げていくかが最近の方向性になっています。
永久凍土の融解や原油流出など地球環境の変化を捉える
―「だいち2号」は地球の環境問題に関する観測も行っていますね。
合成開口レーダは夜間、悪天候も関係なく観測できるため、海氷の移動を観測するのに適しているので、冬季のオホーツク海の流氷を観測し、 第一管区海上保安本部に北海道周辺海域の海氷情報を提供しています。2017年7月、南極半島の棚氷から巨大な氷山が分離したときには観測を行いましたし、 南極観測船が南極に向かうときには、どこの氷が薄いのかを伝えています。
最近、カナダやロシアなどでは地球温暖化によって永久凍土が溶け、道路やパイプラインなどのインフラが崩落するというケースが増えています。 そのため氷河の融解による地盤沈下を監視するのに「だいち2号」のデータが利用されていますが、これは間接的に温暖化を観測しているといえるでしょう。
またタンカーなどの座礁による原油流出や、北極海域で行われている違法な廃油の海洋投棄に対する観測もしています。 油の流出を広く把握するのは※注釈2Cバンドレーダのほうがいいのですが、Cバンドは油が非常に薄いところまで検出してしまうので、 油がたくさん浮いていて最初に回収に行かなければならない海域とそうではない海域の識別がしにくいという難点があります。 その点Lバンドは、Cバンドに比べて油の厚いところを観測するので、効率的に作業を行うことができるようになるのです。
また森林変化といって、どれだけ森林の伐採が進んだか、あるいは植林が進んだかを観測しています。 最近では南米ブラジルの熱帯雨林の現象が問題になっていますが、2019年8月、ブラジルのアマゾン川周辺の森林や農地で大規模な林野火災が発生しました。 このとき「だいち2号」は森林面積の変化の観測を行い、気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM-C)は火災地点や煙の検知、 温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)は火災によって発生した煙の検知を行っています。
―これまでの「だいち(ALOS)」ミッションとの関わりを教えてください。
学生時代は情報工学科で制御工学を専攻していました。 当時、研究室の先生は毛利衛さんが宇宙で行った「※注釈3ふわっと’92」のシリコンの結晶成長のシミュレーションをしていたので、宇宙に近い研究室だったといえるでしょう。 その影響から「宇宙を仕事にできれば」と思って、当時の宇宙開発事業団(NASDA)に入社しました。 制御部門に配属されるのではないかと思っていたのですが、鳩山町(埼玉県比企郡)にある地球観測センター配属となり、データの検索システムの開発に携わることになりました。 その後NASDAの海洋観測衛星「もも1号」(MOS-1)「もも1号-b」(MOS-1b)といった衛星による地球観測を行いながら、 地球観測衛星のための地上システムの開発・運用やデータ利用の仕事をしていました。 また2007年に打上げられた※注釈4月周回衛星「SELENE(かぐや)プロジェクトでは、主任開発員としてサイエンス・データ利用促進や広報活動に携わっています。
「だいち」の開発・運用に関しては当初担当していなかったのですが、打上げ前には推進部に所属し、 「だいち」の国際的なデータ取得・処理・提供のネットワーク構築(ALOSデータノード)を進めていました。 「だいち2号」が打上がるときには地球観測研究センター(EORC)に在籍していて、 東南アジアの農業などでいかに「だいち2号」のデータを使っていくかを「だいち2号」プロジェクトと連携して検討していました。 その後、筑波宇宙センターに戻って「だいち2号」プロジェクトマネージャを拝命しました。 「かぐや」のプロジェクトマネージャだった滝澤悦貞さんのそばでプロジェクトの進め方を見ていたので、プロマネの仕事はわかっていたつもりですが、 まさか自分がやることになるとは思っていませんでした。
厳しい現実だけでなく明るい面も伝えていきたい
―「だいち2号」の運用で、苦労しているのはどんなところでしょうか?
現在「だいち2号」は順調に観測を続けています。一方で、利用が広がってきたおかげで1機だけでは対応しきれない事態も起こっています。 一例として、同じ時期に西日本で集中豪雨、東日本で地震が起こったとします。このような場合、災害が起こった地域を一度に観測することはできません。 観測する地域を選ばなければいけない場合は、JAXAだけで決めるわけにはいかないので、関連する省庁や自治体などにどこを優先的に観測すべきかの決定をお願いすることになります。
365日24時間、寝ていても枕元に電話を置いておき、「ミッション達成のために必須となっている観測と新しく発生した災害に対応する緊急観測の要求がぶつかっていますが、 どっちを優先どうしますか?」という運用者からのあらかじめ決められたルールで判断に迷うようなケースの連絡が来れば、どちらを観測するかをすぐに決めるという対応をしなければなりません。 もう1つは「情報の伝え方」です。「かぐや」は月を観測し、「だいち2号」は地球を観測しています。遠くから地表などを観測しているという点は同じところもありますし、 衛星によって得られたデータを一般の方にどう伝えれば関心を持ってもらえるのかという点でも同じです。
ただ、「かぐや」のときは探査によって初めて得られた月のデータを見ることができるので、多くの方が喜んでくれました。 一方「だいち2号」が観測する地球のデータは、良くも悪くもさまざまな現実を見る人に突きつけることになります。その説明の仕方が難しいということがありますね。 「みんなで地球環境やエコ、SDGs(Sustainable Development Goals 持続可能な開発目標)について考えよう」という話をするときも、うまく伝えないと暗い話になりがちで、 一般の人や子どもたちを沈んだ気持ちにさせてしまう可能性があります。そういうときには衛星のデータを利用することで、 いかによりよい社会が実現できるかという明るい面にも焦点を当てて話をしないといけないと思います。
またデータ自体にも、省庁や企業の方を含め一般の方に伝える際の課題があります。レーダで得た画像は白黒なので、カラーの写真に比べわかりにくいのです。 データに色をつけてわかりやすくするとともにし、その色がどんな意味を持つのかを示す必要があります。 地殻の変動を表す場合、干渉縞と呼ばれる移動量を色で表しているのですが、どう解釈すればいいのかと聞かれることが多いですね。 一般の人が使うために、データをどう見せていくのがいいのかが長年の課題です。
蓄積されたデータをいかに活用するかが問われる時代
―今年度打上げられる先進光学衛星「だいち3号」を含め、これからの地球観測について教えてください。
「これからはさらに高齢化が進んでいく日本の社会の中で、衛星データをいかに社会府インフラとして利用していけるかが問われる時代だと思います。
「だいち2号」はレーダ、「だいち3号」は光学カメラで観測する衛星ですが、もともと「だいち」が搭載していたLバンドレーダと光学カメラをそれぞれ高分解能化した衛星です。 今回初めて2機揃うことになるので、観測データが溜まっていけば国でも民間でもどんどん利用法が出てくるでしょう。
災害対策、インフラの監視、農林業などの分野では「だいち2号」と「だいち3号」を連携して使うことで、複合データとしてより詳細な観測ができるようになります。 またデータが蓄積されていけば、民間の小型衛星が政府の衛星を基準とすることで分解能を上げるとか、 データ量を増やすことによってサービスを広げていくといった使い方が出てくると思います。 現在ある企業は「だいち2号」のデータを使って水道管の水漏れを検知するアプリケーションを開発しています。 実用化すれば定期的なメンテナンスの手間を軽減できるので、開発する価値があるのです。「だいち3号」が打上がれば必然的にこういう事例がさらに増えることが期待されますし、 2号の後継機である先進レーダ衛星「だいち4号」が打上がれば、さらに可能性が広がります。そのときも2号は生きていると思いますので、 2号と4号のLバンド2機体制でどのような新しい情報が得られるか、非常に期待しています。
世界的にも2021~22年にかけてさまざまな地球観測衛星が打上げられる予定で2025年くらいまでは「衛星の黄金時代」と期待されています。 観測データが増えるなか、どのような新しいサービスを生み出していくかは使う人の判断次第です。今はやっとデータが蓄積されてきている段階ですが、 取得したデータをいかに使っていくかを考えている人は、日本国内に限らず世界中にたくさんいると思います。
―最後に「だいち2号」に注目している研究者・技術者、企業や一般の方に向けてメッセージをお願いいたします。
「だいち2号」は2014年に打ち上がってから定常運用といわれる5年間を経て、2021年5月に目標寿命である7年になります。 まずは少なくともそこまで、世界中で災害、インフラ、農林業などいろいろな分野でデータを一層利用してもらえるように確実に運用を続けていきます。 それに加えて今年度打上げられる先進光学衛星「だいち3号」、さらに先進レーダ衛星として「だいち4号」が予定されていますが、「だいち2号」で得られた知見を4号、 そしてその後の「だいち4号」の後継機にいかに繋げていくか、橋渡しをしていくかを考えています。Lバンドで観測を続けているのは日本の衛星だけですので、日本のお家芸として、 これからはJAXAの衛星だけでなく、外国や民間の衛星とも協力していく中でどんな成果が得られるのか、どうしてそれをやるのか。 これからも皆さんに、きちんとわかりやすくお伝えしていきたいと思います。
(収録日・2020年4月)
注釈
※注釈1 Lバンド…マイクロ波の周波数帯域の1つで、1GHz(ギガヘルツ)帯の電波。主に衛星電話、携帯電話などの通信やレーダなどに使われる。
※注釈2 Cバンド…マイクロ波の周波数帯域の1つで、4~8GHz帯の電波。主に通信衛星やレーダなどに使われる。
※注釈3 ふわっと’92…1992年9月、毛利衛宇宙飛行士が搭乗したスペースシャトルで行われた第1次材料実験計画。
※注釈4 SELENE(かぐや)…2007年9月に打上げられた月探査機。月表面の元素組成、鉱物組成、地形、表面付近の地下構造、磁気異常、重力場などを高精度で観測した。
関連情報
人工衛星プロジェクト「だいち2号」(ALOS-2)
人工衛星プロジェクト「だいち」(ALOS)
関連サイト
プロフィール
祖父江 真一(そぶえ・しんいち)
JAXA第一宇宙技術部門 ALOS-2 プロジェクトマネージャ 地球観測センター(EOC)で地球観測衛星の地上システムの開発を行った後、 NASAゴダード宇宙飛行センタでの日米ミッションのインタフェース調整、月周回衛星プロジェクト(かぐや:SELENE)プロジェク ト、 地球観測研究センター(EORC)等を経て、ALOS-2プロジェクトへ。2017年1月より現職。