2021.09.10(金)

防災に役立てられる人工衛星

プロジェクトマネージャー

匂坂 雅一

先進光学衛星「だいち3号」(ALOS-3)は、 2006年に打ち上げられた「だいち」(ALOS)の光学ミッションを引き継ぐ地球観測衛星です。 「だいち」と比べ大型化・高性能化したセンサを搭載することにより、「だいち」の広い観測幅(直下70km)を維持しつつ、 さらに高い地上分解能(直下0.8m)を実現します。 「だいち3号」のミッションは、防災・災害対策などを含む安全・安心な社会への貢献、地理空間情報の整備と更新、 民間活力を取り込み様々なユーザニーズに対応することです。
いよいよ開発が最終段階に入った「だいち3号」のプロジェクトマネージャ匂坂雅一さんにお話を伺いました。

「だいち3号」は「だいち」以来、10年ぶりとなる高分解能光学衛星

―「だいち3号」(ALOS-3)はどのような衛星ですか?初代・陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)からの流れをお話しください。

「だいち3号」は、JAXAとしては「だいち」以来、10年ぶりとなる、実利用を目的とした高分解能光学衛星です。観測画像は災害対応や防災、地図の作成、農林水産業を始めとする産業などに利用される予定です。初代「だいち」は光学センサと合成開口レーダの両方を搭載していましたが、 「だいち2号」(ALOS-2)は合成開口レーダのみを搭載しており、光学センサで観測する衛星が約10年間不在でした。レーダ衛星にも光学衛星にはないメリットがあるものの、皆様にさまざまな衛星データをより利用していただくためには、人の目による直観的な認知・分析が可能な光学センサの観測画像と組み合わせることが極めて有効です。超低高度衛星技術試験機「つばめ」(SLATS、運用期間2017-2019)が空白期間を若干埋めてくれたところはありますが、 「だいち3号」は高分解能光学観測により、単独での観測データのみならず、各種衛星データとの組み合わせにより、さらなる利用拡大を目指す衛星でもある、と考えていただければと思います。

「だいち3号」

「だいち3号」紹介ムービー

―「だいち3号」は「だいち」からどう変わったのでしょうか?

「だいち3号」は、「だいち」の観測幅(直下70km)はそのままに地上分解能を向上させています。 「だいち」ではもっともよい状況でも地上分解能2.5mでしたが、防災目的のユーザから「1m以下のものを見分ける能力がほしい」という要望があったこともあり、 「だいち3号」は直下0.8mに向上させています。 またカラー画像を撮るためのマルチスペクトルのバンド(観測波長帯)は、「だいち」では青、緑、赤、近赤外の4つでしたが、「だいち3号」では新たにコースタルとレッドエッジの2つが追加され6つになっています。コースタルは青より短い波長のバンドで、水の透過率が高いため水際や浅瀬などの分析にすぐれた波長です。 またレッドエッジは赤から近赤外にかけて植物(葉)の光に対する反射率が急激に上昇する波長帯にあり、このバンドの利用により、 植物の活性状況の分析が可能になります。

左「だいち」2.5m分解能、右「だいち3号」0.8m分解能(シミュレーション画像)、筑波宇宙センター付近
コースタルの波長帯の特徴
水中で減衰しにくいため沿岸域の観測に有効です
レッドエッジの波長帯の特徴
レッドエッジから近赤外の波長帯は、健康な植物からの反射が強く、植物の分布やその健康状態などの把握に有効です。

―現在「だいち3号」はどの段階にあるのでしょうか?

現在(2021年7月)「だいち3号」は、組み立てが終わって最終試験の段階にあります。最終試験の完了後、報道機関への機体公開の機会を設ける予定です。

最終擾乱試験

―今後の注目すべき点があれば教えてください。

打ち上げられたら、まずこの衛星が観測した画像を見ていただきたい。最初に観測画像が出てきたときが、最大の注目点になると考えています。

―「だいち3号」は「だいち2号」と連携して観測を行うのですか?

先に申しあげたとおり、「だいち2号」はレーダで観測する衛星です。地殻変動や地すべりがどう起こったか、どこまで水が上がってきたかなどを観測することができますが、 レーダのデータは高度な処理が必要で、分析には専門的技術を要します。 しかし光学センサの画像と重ねることで、どこにどのような被害が出ているかが一目瞭然になります。 2号と3号を複合的に使うことで、より防災に貢献することができるようになるというのが開発の大きなテーマの一つですし、できるだけ早く光学・レーダ両方のデータを使えるようにしたいと、 頑張っているところです。例えば、光学衛星である「だいち3号」は雲がかかっていると地表の画像が撮れませんが、 レーダは雲があっても問題なくデータが取れますから、 日頃から「だいち3号」が撮りためた平時の光学観測データとレーダの緊急観測の組み合わせ、といった複合的な使い方ができればと考えています。

―「だいち3号」の開発でワクワクしたこと、また苦労したことはどんなことですか?

開発において「ワクワクした」とか「苦労した」とかいうことがあれば、エンジニアとして失格だと思います。 私は、淡々と開発できればと思っていまして、「特にワクワクしたとか苦労したということはありません」とお答えしたいですね。 開発の苦労ではありませんが、プロジェクトがスタートした直後の2016年に熊本地震が発生し、検出器に使う半導体を製造する熊本の工場が被災してラインが止まるという事態が発生しました。これにより当初の打ち上げスケジュールからは遅れることになってしまいましたが、 「重要な衛星だから」ということで特にお願いをし、被災したメーカの方々に頑張って工場を復旧していただき、 最小限の遅れに留めることができました。大変感謝しております。

―「だいち3号」プロジェクトマネージャとしての抱負を教えてください。

まず、防災や災害対策、国土地理院の方々と協力して地理空間情報の整備に貢献することは「だいち3号」の主要なミッションとして当然ですが、さらに「だいち3号」の画像を多くの皆さんに使っていただきたいと思っています。そのために、「だいち3号」のデータ配布を担当する民間の事業者(株式会社パスコ)と組んで衛星画像ビジネスの裾野を広げ、 この分野の産業育成をしていきたいと考えています。

―「だいち3号」プロマネの1日とは?

一般的な会社員の方と同じ生活です。開発段階で特別なことがあったらまずいでしょう(笑)。「だいち3号」が打ち上がってから数か月間は、出社すれば「今日は、衛星は元気かな?」という、チェックから一日が始まることになると思います。

「だいち3号」プロジェクトマネージャ

宇宙開発の仕事を目指した出発点は「宇宙に住みたい!」

―JAXAに入社したきっかけを教えてください。もともと宇宙関係のお仕事をすることが夢でしたか?

もちろん、宇宙開発をしたいと思って当時の宇宙開発事業団(NASDA)に入社しました。 きっかけ自体は覚えていませんが、小さい頃から宇宙開発の仕事をするんだと決めていて、学生のときはメカトロニクスの制御の研究※1をしていました。 入社後はH-II、H-IIA、宇宙往還技術試験機(HOPE-X)※2など宇宙輸送システムの研究に従事しました。 その後、内閣府の総合科学技術会議に出向し、2000年代に入ってから衛星システムの研究開発に移りました。
私は子どもの頃から「宇宙に住みたい」という気持ちを持っていて、 現在でも住むのならば地球周回軌道上でも月面・火星でも、住所が「地球」でなければいいと思っています。 地球の環境や資源に限界があるのは、昔からわかっていたことです。 これから人類がどれだけ増えるかはわかりませんが、使えるエリアには限界があるので、 発展を続けようとしたら現在使っていない「どこか」を使わなければなりません。 人間がフロンティア精神を持ち続けていれば、進出するのは宇宙、深海、地中の3つになります。 その中で、お金はかかりますが技術的にいちばん簡単なのは宇宙です。 1つの選択肢として宇宙は十分にありえると思いますし、技術的にも他の2つと比べて簡単です。

―宇宙に行ける機会があれば、チャレンジしてみたいですか?

住む前にその土地を見に行かなければなりませんから、宇宙に行く機会があればぜひチャレンジしてみたいですね(笑)。 ただ、JAXAの宇宙飛行士の条件は厳しいので、私の場合、民間企業のロケットで宇宙に行くことを目指したほうが、可能性は高いですね。

―最近では、さまざまな経歴の宇宙飛行士が活躍しています 。

JAXAの宇宙飛行士も、これからは理系出身者にこだわる必要はなく、どちらかというと人文系の人のほうが「宇宙でどのようなことをするか」という知見を広げたり、 宇宙での体験を皆さんに伝えたりすることに向いているかもしれません。 これから宇宙に行く人には多様性が重要です。ぜひさまざまな方にチャレンジしていただきたいと思います。 ただ絶対に必要なのは体力です。宇宙飛行士は旅行するのとは違って、宇宙に行ってから仕事をしなければならないからです。

「だいち3号」が撮った画像に注目していただきたい! 

―「だいち3号」の打ち上げロケットはH3ロケット試験機1号機ですね。

私はロケットの開発をしていたので、H3ロケットの最初の打ち上げに関われるのはまたとない機会だと思っています。 日本の新しい基幹ロケットになるH3の開発には、我が国の最高の英知が集まって取り組んでおり、 試験機1号機では通常の打ち上げよりも徹底して多くの試験を実施します。 H-IIの時代に比べればJAXAの知見も蓄積されていますし、デジタル化によるシミュレーション技術も上がっています。 もちろんどのロケットでも絶対ということはありませんが、試験機1号機の場合、それらが相まって打ち上げ時の不確定要素はだいぶ低くなるはずです。

―H3ロケット試験機1号機による打ち上げだと注目も集まりそうですね。

実は、そこが困っているところです(笑)。 本当は「だいち3号」に注目してほしいのですが、H3ロケットのほうに話題を取られてしまうのではないかと心配しています。 しかし先ほども言いましたが、「だいち3号」は画像を使っていただくための衛星です。打ち上げも大事ですが、ぜひ撮れた画像に注目していただきたいと思います。

(収録日・2021年7月)

注釈
※1 メカトロニクスの制御の研究:さまざまなメカ部品や電子機器が組み込まれている機械を制御する研究。
※2 宇宙往還技術試験機(HOPE-X):宇宙開発事業団(NASDA)と航空宇宙技術研究所(NAL)が研究開発していた、再利用可能な無人宇宙往還機。

関連情報

人工衛星プロジェクト「だいち3号」(ALOS-3)
人工衛星プロジェクト「だいち2号」(ALOS-2)
人工衛星プロジェクト「だいち」(ALOS)

プロフィール


匂坂 雅一(さぎさか・まさかず)

匂坂 雅一(さぎさか・まさかず)

1964年生。1990年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。 同年宇宙開発事業団(NASDA、現JAXA)入社、H-II、H-IIA、HOPE-X等宇宙輸送システムの開発に従事。 その後、観測衛星システムの開発に携わり、現在は宇宙航空研究開発機構 第一宇宙技術部門 先進光学衛星プロジェクトチームプロジェクトマネージャ。

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