お知らせ
2023.01.23(月)
北極の海氷融解の早期化が夏の植物プランクトンを増殖 ~夏に海洋プランクトンが大気へ放出するエアロゾルの増加をアイスコアから検出~
国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構
国立大学法人 北海道大学
宇宙航空研究開発機構、北海道大学らのグループは、北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)※1の共同研究の枠組みにおいて、グリーンランドで採取されたアイスコア※2中の化学成分の分析を行い、2002年以降、夏に海洋プランクトンの増殖によって海洋から大気へ放出される硫黄化合物(メタンスルホン酸)の濃度が、それ以前と比べて3〜6倍増加していることを検出し、海氷の融解時期が早期化したことがその要因であることを示しました(図1)。
大気中に浮遊する不純物(エアロゾル)の組成や濃度は、それを採取・分析する必要がありますが、長期間のデータは非常に少なく、特に北極域では殆どありません。氷床には、大気中のエアロゾルを含む降雪が連続的に降り積もっています。氷床を表面から深部に向かって円柱状にくり抜いて採取されるアイスコアに含まれる化学成分は、大気中のエアロゾルの連続的な変化を反映し、長期間のエアロゾルの変化を復元することができます。
アイスコア中の夏のメタンスルホン酸濃度は、2002年から増加し始めました。それと連動して、グリーンランド東部沖の海氷が融解する時期が約1ヶ月早くなり(図2)、夏に植物プランクトンの増殖が見られることが、人工衛星データとの比較から分かりました。温暖化が引き起こす海氷融解の早期化は、海洋表層の成層化、海水中に届く太陽光の増加、海氷に付着している藻類(アイスアルジー)の再配布などを生じ、植物プランクトンの増殖を促進するプロセスが提案されていましたが、本結果は、夏の海洋プランクトンの増殖による海洋から大気への硫黄化合物の放出量が実際に増加している観測的証拠を初めて示しました。
大気中の硫黄化合物は雲の形成に重要であり、地球の気温をコントロールする放射収支に大きく影響します。本研究の成果は、地球温暖化のメカニズムを理解する上で重要なプロセスを示すもので、将来予測の精度向上に寄与することが期待されます。
なお本研究成果は、2022年12月26日(月)公開のCommunications Earth & Environment誌に掲載されました※3。
※1 北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)
北極域に関する先進的・学術的研究を推進し、社会実装を目指すプロジェクト。JAXAは北極域を時空間的に幅広くカバーする衛星観測の強みを活かし、地球観測衛星による海洋、陸域、生態系、雪氷圏などの観測データを北極域データアーカイブシステム(ADS)と連携して研究者が使いやすい形式で提供する研究基盤として参画。
URL:https://www.nipr.ac.jp/arcs2/wordpress/wp-content/themes/arcs2/assets/pdf/ArCS2_J_web_2021R.pdf
※2 アイスコア
極地の氷床や氷河は過去の長年の積雪が積み重なってできており、そこで掘削・採取される柱状の氷。過去に積雪があったときの大気中の成分、気温や降水、海洋環境、陸域環境、さらには宇宙環境などの情報を、現在から100万年規模の過去にわたる時間規模で含む広範で詳細な環境変動情報。
※3 論文情報
論文名:Increased oceanic dimethyl sulfide emissions in areas of sea ice retreat inferred from a Greenland ice core(グリーンランド氷床コアから推定された海氷後退域における海洋性硫化ジメチル排出の増加)
著者名:黒﨑豊1、2、的場澄人2、飯塚芳徳2、藤田耕史3、島田利元4(1北海道大学大学院環境科学院、2北海道大学低科学研究所、3名古屋大学大学院環境学研究科、4国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)
雑誌名:Communications Earth & Environment (英科学誌)
DOI:10.1038/s43247-022-00661-w
公表日:日本時間2022年12月26日(月)(オンライン公開)
URL:https://www.nature.com/articles/s43247-022-00661-w
図1:SE-Domeアイスコアから復元したメタンスルホン酸の月別の沈着量。黒は2002-2014年、濃い灰色は1972-2001年、薄い灰色は1960年から1971年の沈着量を示す。2002-2014年の期間だけ、夏(7-9月)の沈着量がそれ以外の期間に比べて3〜6倍多い。
図2:本研究において、JAXAは、海氷の変化については再解析データであるERA-5、プランクトンの変化については複数の衛星データを組み合わせたプロダクトのデータ処理・解析に協力。
1960-1970年(a)、1971-2001年(b)、2002-2014年(c)において、海氷が消失した日の平均値(ERA-5再解析データ※より取得)。消失した日は、通年(1月1日から通して数えた日数)で示している。緑、紫、青の線はアイスコアの掘削地点に到達する空気塊の存在度を示しており、緑の線の内側の海域は掘削地点への影響が特に海域を示す。2002-2014年には緑の線の内側の海域で海氷が消失した日が、それ以前より1ヶ月早くなっている。
※ERA5 は、欧州中期気象予報センター(ECMWF)による第5世代の大気再解析で緑の線の内側の海域で海氷が消失した日が、それ以前より1ヶ月早くなっている。大気、陸地、海洋に関連する膨大な数の気象変数に対して時間単位の予測を提供する。再解析データ(モデルの計算値)には衛星データ等が入力される。
【研究の背景】
大気中に浮遊する不純物(エアロゾル)は、排気ガス、海洋、砂漠など様々なソースから放出されます。大気中にあるエアロゾルは太陽からの光エネルギーを吸収して地球を暖めたり、逆に反射して地球を冷やしたりする効果があります。また、雲を形成する核としての役割を持つものもあります。
雲が形成されると太陽からの光エネルギーを反射して地球を冷やします。雲の核となる機能を持つエアロゾルの一つが硫酸などの硫黄を含む化合物です。大気中の硫黄化合物は、化石燃料の燃焼のような人間の産業活動や、火山ガスなどの自然界から放出されるものがあります。海洋の植物プランクトンもその一つです。海洋プランクトンが海水中に放出するジメチルサルファイドという物質は大気中で酸化され硫酸とメタンスルホン酸という硫黄化合物に変化し、どちらの物質も雲を形成する核としての機能を持ちます。
大気中のエアロゾルの組成や濃度は、エアロゾルを採取して分析する必要がありますが、長期間にわたり連続的に観測が行われて観測拠点は少なく、特に北極域では殆どありません。一方で氷床には、大気中のエアロゾルを含む降雪が連続的に降り積もっています。氷床を表面から深部に向かって円柱状にくり抜いて採取されるアイスコアに含まれる化学成分は、大気中のエアロゾルの連続的な変化を反映し、長期間のエアロゾルの組成や濃度の変化を復元可能です。これまでの研究では、アイスコア中のメタンスルホン酸の濃度は地球温暖化が進むと減少することが報告され、海洋の生物生産の減少が指摘されていました。
【研究手法】
今回、分析したのは研究グループが2015年にグリーンランド南東部(北緯67.18°、西経36.37°、標高3170m)で採取した90mのアイスコアです。アイスコアを採取した場所は年間の降水量が1m以上、雪に換算すると3-4m堆積する、グリーンランド氷床の中でも極めて降水量の多い地域です。通常のアイスコアでは、アイスコアを形成する降雪が生じた日を推定することが難しいのですが、これまでの研究からこの90mのアイスコアは1966年から2014年まで1ヶ月の誤差範囲で日付を推定できることが分かっていました。本研究では、この日付を用いて植物プランクトンが放出するメタンスルホン酸が氷床上に降下した(沈着した)量を一ヶ月毎に見積もりました。
【研究成果】
メタンスルホン酸の沈着量は1年間に2回、春と夏にピークがあることが分かりました。さらに、夏のピーク時の量が2002年以降は、それまでと比べて3〜6倍も増加したことが分かり、2002年以降にグリーンランド東部沖で大きな環境の変化が生じている可能性を示しました(図1)。人工衛星で取得されている海氷面積や海氷表面のクロロフィル濃度のデータを解析したところ、2002年以降、グリーンランド南東部に近い海域で、海氷が融解して消える時期が8月から7月へ1ヶ月早くなり(図2)、それに伴ってその海域での植物プランクトンの濃度が増加したことが分かりました。温暖化によって海氷が早く溶けるようになり、太陽光が強い7月に海水中の光環境が改良され、植物プランクトンの増殖の規模が大きくなり、大気に放出されるメンタンスルホン酸や硫酸の量が増加した、というプロセスが考えられます。
【今後への期待】
本研究では、海氷の融解の早まりが、夏に植物プランクトンの増殖を促し、大気への硫黄化合物の放出量を増加させたことを示しました。このことは、地球温暖化が進むと、夏に植物プランクトンが大気へ放出する物質が増加し、雲の形成が促進されることを意味します。これまで、将来予測のシミュレーションで、あまり変化をしないと考えられてきた海洋生物由来の硫黄化合物を、高精度に将来予測を行うためには考慮する必要があることをこの論文では示唆しました。
【謝辞】
本研究は、日本学術振興会科学研究費(26257201、18H05292、22J10351)、北極域研究加速プロジェクト(ArCSII;JPMXD1420318865)の一環として行われたものです。
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